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大阪地方裁判所 昭和62年(ヨ)1753号 決定 1987年10月21日

申請人

村田順

被申請人

株式会社ミザール

右代表者代表取締役

生沼利亮

右訴訟代理人弁護士

中山慈夫

右同

井上晴孝

主文

一  申請人が被申請人に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二  申請費用は被申請人の負担とする。

理由

第一当事者の求めた裁判

一  申請の趣旨

主文第一項と同旨

二  申請の趣旨に対する答弁

1  本件仮処分申請を却下する。

2  申請費用は申請人の負担とする。

第二当裁判所の判断

一  当事者間に争いのない事実及び疎明資料によれば、次の事実が一応認められる。

1  被申請人は、天体望遠鏡、双眼鏡、顕微鏡等の光学機器の製造、販売、輸出等を目的とする株式会社であり、昭和六一年九月二五日にその商号を日野金属産業株式会社から株式会社ミザールへ変更し、同年一〇月二一日、株式会社エイコー及び株式会社東京エイコー(以下、エイコー等という。)から光学機器販売部門の営業譲渡を受け右営業に係わる資産、人員等を統合したものである。

2  申請人は、昭和五四年一一月、株式会社大阪エイコーに営業の責任者として採用され、昭和五八年六月に同社が前記株式会社東京エイコーに統合されその大阪営業所となった後は、同営業所長として勤務していたが、日野金属産業株式会社への前記営業譲渡に伴い、いったんは昭和五八年一〇月二〇日をもって株式会社東京エイコーを解雇となったのち、翌二一日被申請人に大阪営業所の営業事務専任者(役職なし)として採用され、販売帳票事務、電話応対、金銭出納等の勤務についていたものである。

3  被申請人は、昭和六二年二月三日、申請人に対し解雇する旨の意思表示をなした(以下、「本件解雇」という。)。

二  申請人は、本件解雇は申請人が被申請人の役員の意向に添わないところから私情に基づいてなされたものであり解雇権の濫用として無効である旨主張し、これに対し被申請人は、本件解雇は企業合理化に基づく整理解雇なのであり且つ整理解雇としての有効要件を具備したものである旨主張する。

そこで、本件解雇の効力について判断する。

1  当事者間に争いのない事実及び疎明資料によれば、本件解雇に至る経緯及びその後の推移として、次の事実を一応認めることができる。

(一) 被申請人は、その主たる業務である天体望遠鏡の製造販売の国内需要の低落、円高による輸出不振等から、少なくとも昭和五七年ころから売上実績が長期にわたって低迷状態に入った。

(二) 昭和六〇年度はハレーすい星ブームで一時売上が飛躍的に向上したが昭和六一年五月以降市場が急激に冷え込み以前の状態に戻ったため、被申請人は、同年六月から八月にかけて全従業員二三名のうち七名を整理解雇するとともに、売上高を保持するため、同年一〇月二一日前記エイコー等からの営業譲渡を受け(エイコー等も右営業譲渡に伴い右部門の一八名の従業員のうち五名を解雇した。)経営合理化を進めた。右営業譲渡に伴い大阪営業所も従前の九名の従業員(日野金属大阪支店三名、東京エイコー大阪営業所六名)を整理解雇により六名に削減した(販売外交を所長吉村康宏ほか四名に、営業事務を申請人に担当させることとした。)。

(三) 申請人は、従前本給三九万五〇〇〇円であったところが、昭和六一年一一月以降本給二五万円、手当八万円と減額されたことからこの点につき理由説明を求めたところ、被申請人の取締役で株式会社東京エイコーの代表取締役北岡勇が、これに答えるべく昭和六二年一月一八日申請人と面談することとなった。北岡勇は右手当は退職金の分割払いである旨述べたにとどまり、申請人に対して会社の状況、整理解雇の必要性につき納得を得るための説明を行うこともなく、また、任意退職を勧告することもなかった。

(四) 被申請人は、昭和六一年一二月も売上不振であったことから(なお、このような状況が続いていたにもかかわらず、被申請人は昭和六一年末従業員に給与以外の一時金を支給した。申請人への支給は手当(ママ)りで八万九四九六円であった。)、昭和六二年一月、さらに人員削減を含む合理化を行うことを決定し、東京の本社、工場においては、同年二月から三月にかけて工場を移転縮少(ママ)するとともに、これに伴う工員等六名の従業員の整理解雇を実行に移し、大阪営業所については、人員削減により従業員を四名とすることとし、同年一月、吉村康宏からの任意退職の申出を承認することに加え、営業事務を販売外交担当の四名で分担処理することとし、営業事務専任の申請人は解雇とする旨決定した。

(五) 被申請人代表取締役生沼利亮は、昭和六二年二月三日、申請人に対し、会社の業績不振と整理解雇の必要性につき概括的な説明を行ったのみで、口頭で解雇する旨の通告をした。そして、被申請人は、申請人の求めに応じ、右口頭による解雇通告の確認として同月九日付で「当社業況の著るしい不振による減員のため昭和六二年三月三一日を以って解雇する」旨の解雇通知書を送付した。

(六) 申請人は、同月一六日付の生沼利亮に対する書信で本件解雇は北岡勇との感情問題によるものではないかとして解雇の意思表示の撤回を申し入れたものの、同月二五日ころから後は本件解雇に関しては明確に不満の意を表明することなく、事務の引継も自ら支障なく行い、通告に定められた同年三月三一日まで勤務を続けた。

(七) 昭和六二年四月以降、大阪営業所においては、営業事務を販売外交員四名の分担では処理しきれず、同年三月中旬から営業事務処理の応援のため本社から派遣となっていた北岡清が引き続いて処理補助にあたり五人体制となったまま既に六ケ月が経過している。

2  以上の認定事実に照らせば、本件解雇は、企業の合理化ないし整備に伴って生ずる人員整理としてなされたいわゆる整理解雇であると解するのが相当である。

ところで、人員整理が原則として使用者の自由裁量に委ねられた事項であること自体については異論がないところであるが、整理解雇は労働者にとっては自らの責に帰すべき事由がないのに使用者の一方的な都合でその生計の途を奪われる結果を紹(ママ)来するものとなるのであるから、衡平の観念によれば、使用者の右裁量権には自ら制約が伴うものと解され、これを逸脱した場合は解雇権の濫用として当該解雇は無効に帰すると解される。

そして、当該解雇が解雇権の濫用にあたるか否かの具体的判断は、<1>人員削減の必要性、<2>人員削減の手段として整理解雇を選択することの必要性もしくは解雇回避努力、<3>被解雇者選定の妥当性、<4>解雇手続の妥当性等の諸観点から当該解雇がなされた具体的経過等を総合的に検討考慮して、なされなければならない。

3  そこで本件について具体的な検討をする。

(一) 被申請人が昭和六二年当初の時点においても慢性的な経営危機状態を脱しきっていなかったこと、これに対処するため被申請人は更なる人員削減を大阪営業所においてのみならず東京においても並行して実施したことは前認定のとおりであるが、他方、被申請人にあっては工場の移転縮少を除いては、役員報酬の削減、賞与の不支給等人員削減以外の経営合理化、健全化のための諸方策を実施した形跡がみられないこと、かえって被申請人は昭和六一年末金額は少ないものの冬季の一時金を従業員に支給していること、昭和六二年一月時点で大阪営業所所長が任意退職の申出をなしていたこと、昭和六二年四月以降、大阪営業所は、営業事務が販売外交員の分担でまかないきれず本社からの派遣社員一名の応援を得て維持されており、五人体制の状態が既に六ケ月に及んでいることも前認定のとおりなのであって、これらの認定事実を併せ考慮すると、被申請人においては、大阪営業所における任意退職者に加えて更に人員削減することが企業の経営上の十分な必要性に基づくものでやむを得ない措置であったとすることには多大の疑問が残るものであるといわなければならない。

(二) 使用者は、人員削減を実現する際には、配置転換、出向、一時帰休、希望退職の募集など他の手段により解雇を回避する努力をする信義則上の義務があると解すべきところ、被申請人は昭和六一年六月から八月にかけての第一次人員削減以来一時帰休制、希望退職募集等の方策は一切採用しないまま整理解雇の手段のみを選択してきたこと、本件解雇がなされた経緯もこれと同様であり、しかも申請人に対しては任意退職の勧誘さえもなされなかったことは前認定のとおりであり、被申請人においては出向先はなく、会社の規模の点からして配置転換には限界があることを考慮しても、被申請人が解雇回避努力をなさなかったことは明白であるといわなければならない。

(三) また、使用者は、整理解雇の対象者に対し、整理解雇の必要性、規模、時期等につき納得の得られるよう説明を行い誠意をもって協議すべき信義則上の義務があると解すべきところ、被申請人は、申請人に対し、業績不振と人員削減の必要性について概括的な説明を行ったのみでその場で解雇通告を行ったこと前認定のとおりであり、これによると被申請人の本件解雇手続は右義務に反するものとして、妥当性を欠くものであるといわなければならない。

(四) 以上の記載のとおり、本件解雇は、人員削減の必要性自体についても疑問が残るほか、解雇回避努力を欠き、解雇手続の妥当性も欠くというものであるのであって、更に被解雇者選定の妥当性について判断するまでもなく、本件解雇は無効に帰着するものと判断せざるを得ない。

三  次に、被申請人は、申請人は自ら事務引継を行うなどしており、また退職金を受領したりしておるのであり、本件解雇を承認したものというべく、しからずとしても、右のような事情があるのに本件解雇の効力を争うことは信義則に反して許されない旨主張する。

よって判断するに、申請人は昭和六二年二月二五日ころから退職するまでの間本件解雇に関して明確に不満の意を表明することなく勤務を続け、事務引継ぎも自ら行ったことは前認定のとおりであるが、このような退職前一ケ月余りという短期間の申請人の言動、勤務態度のみをもってしては解雇の効力を争わない旨の意思が表明されたと判断することはできないというべきである。現に申請人は退職となってほどなくの昭和六二年四月二七日には本件解雇の効力を争って本件例処分申請に及んでいるのである。そして、疎明資料によると、被申請人が同年五月二五日申請人の銀行預金口座に退職金一六〇万三七〇〇円を振込んだところ、申請人は同日右口座(振込直前の残高三万六八八四円)から二一万円を引出していることは一応認められるものの、これはもとより退職金全額の受領といえるものではなく、その後の引出しの事実は疎明されていないのであって、右引出しのころ申請人は本件仮処分申請の審理において解雇の効力を正面から争う態度を鮮明にしていたのであるから、右退職金の一部引出しの事実を併せ考慮しても本件においては申請人の解雇の承認があったものと認めることはできないというべきである。また、本件は、およそ被解雇者がいったんは退職金を受領して解雇の効力を争わず年月を経てから突然解雇無効を主張して訴訟を提起したというものではなく、解雇が有効であることを前提にその間に形成されてきた企業秩序を覆えすことになるといったものではないのであるから、解雇無効の主張が信義則に反することにはならないというべきである。

四  そうすると、申請人は依然として被申請人に対し雇用契約上の権利を有する地位を保有しているということとなり、疎明資料によれば、申請人は賃金収入のみで生活を維持している労働者であり、本案判決を待っていては回復困難な損害を蒙むることが一応認められるので、保全の必要性も認められる。

五  よって本件仮処分申請は理由があるから、事案の性質上保証を立てさせないで、これを認容することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 齋藤大巳)

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